The Valentine Capriccio 後編


大谷が、俺の分と用意をした夕食のタッパが入った紙袋。その紙袋の底に仕舞われていたビニール袋に入った黒い衣類。それを取り出そうとして何かが床に落ちる。

ヒラヒラと――――

「…………」
「…………」

床にハラリと舞い落ちたそれを俺と三成は無言で見つめる。

しばしの沈黙――――

フリルのついた白い髪飾り。最近、テレビや某場所でよく見かける「あれ」だった。

「あの……これってひょっとして……カチューシャ?」
「…………ま、まさか…吉継のヤツ…」

唖然とする俺の横で三成が目を丸くして顔を青くする。

フリルのカチューシャにつきものと云えば――――

「じゃあ、これは最近、流行の…………」
「左近ッ! それを寄越せ! 吉継のところに叩き返してやる!!」
「なに、焦っているんですか? これ大谷さんのものでしょう? だいたい、なんでこんなものをあの人が?」

三成の態度に好奇心を刺激されて、俺は取り出したビニールの袋の口に手を入れて中の衣類を引っ張り出す。

「この袋、口開いていますね。あぁ、こっからカチューシャが落ちたのか。開いているってことは中身を広げたってことですよね? 三成さんもこれ見たんで?」
「左近ッ! いいから、それを仕舞え。見たくもないッ!!」
「だから、別に三成さんが怒ることでもないでしょうに……」

顔を赤くしたり青くしたりと忙しい三成の手から引っ張り出した衣類を守るため、腕を頭上に上げてしまう。三成は、ピョンピョンと跳ねながら、必死に俺の腕を取ろうとするが、残念ながら身長は俺の方が遙かに上だ。
頭上に高々と上げられた俺の腕と謎の衣類を見上げ、三成が恨みがましく俺に抗議をする。

「左近の意地悪」
「そんな風に云わないで下さいよ。俺だって今日の夕食が共に出来ないの、我慢しているんですよ。お互い様です」
「うぅ……」

そう反論をすれば、口を尖らせながらも三成は攻撃をやめて大人しくしてくれる。

「さて、これって所謂……『メイド服』ってやつですよね」
「…………そうだ」
「なんで、大谷さんがこんなの持っているんです?」
「今度、オープンする自分の店の制服だって……」
「えっ? 店、開店するんですか、あの人?」
「うん、秀吉様やおねね様も手伝ってくれるけど、殆ど自分で開店準備をしたんだぞ」

三成より4つ程、年上だったと記憶をしている。その若さで、自分の店を秀吉・ねね夫婦の援助があるとはいえ、自力で立ち上げるとはね。

「すごいですね。大谷さん」
「うん、やはり吉継はすごい」

素直に感心すれば、三成の機嫌もあっという間に直ってしまった。俺としては、ちょっと複雑な気分だが、怒った三成も可愛いけれど、嬉しそうに微笑む彼はもっと可愛らしい。まぁ、事情の聞き取りもしやすくなったし、良しとしよう。

「それで、店の開店準備のことで相談を受けて、吉継のところに行ったんだ。店のレイアウトのこととか新作のケーキのこととか、お客の意見を聞きたいって……」
「その時に、制服のメイド服を見せられたんですね」
「う…まぁな……」

そこで途端に三成の歯切れが悪くなる。俺の手中の『メイド服』を眉根を顰めて寄せ、半眼で睨み付ける。

「なんだか、この服嫌っていません? そんなにデザインが気に入らないんですか?」
「そう云う訳ではないんだが……」

云いたくないことがあるなら適当に誤魔化せばいいのに、その誤魔化しが思い浮かばずに、結局洗いざらい告白を強いられるのがいつものパターン。どうやら、今回もそのパターンを踏襲しそうだ。
頭がいいのだから、その辺りも無難に学習をしても良さそうなのに、一向に学習をしない。そして、俺もそこを触れもせずに流してやればいいものを、好奇心を抑えきれずに最後まで問い質す。じつは、この時の、三成の困った顔も大好きだったりするのだから、余計に始末が悪い。
内心、「すみませんねぇ」と謝罪の言葉を反芻しつつ、先を促す。

「へぇ、いったいどんなデザインなんで? テレビでよく見る裾の短いヤツですかね」

俺はそう云いつつ、畳まれたままだったメイド服を広げてみる。
だが、良さそうに反して、広げたメイド服は裾の長いクラシカルなドレスだった。電気街で見かける派手なフリルをたくさん使った可愛らしいデザインのメイド服とは対照的に、必要最小限の装飾でシンプルに纏められたこのドレスは、それだけで「清楚」というイメージが湧く。
別段、メイド服に「o(´∀`)o萌え〜」を求めている訳ではないので、その辺りの心理は理解できんが……

「いいんじゃありません。昔の映画みたいで……。綺麗なデザインじゃないですか。何でそんなに嫌がるんですか?」
「…………デザインがイヤというわけでは」
「おや? ファスナーのところに髪が引っかかって……」
「ッ!!?」

相変わらず困ったような顔でメイド服を睨む三成。そんな彼を横目で楽しみながらも、俺は目敏くファスナーに絡まっていた一本の髪の毛を見付ける。
手に取ってみると、細くしなやかな赤い髪の毛だった。

「これって……ひょっとして………」

俺はその髪を目の前に掲げて、三成を見遣る。彼は耳まで桜色に染めてそっぽを向いていた。

「イ、イヤだって云ったんだ。だけど、吉継が……、『実際に誰かに着て貰ってからじゃないと直しの注文が出来ないから』って……。そ、それで制服の直しの注文の期日まで間がないって云うし……」
「………………」





キタ━━(━(━(-( ( (゚∀゚) ) )-)━)━) ━━ !!!!!





ストレートにメガヒット。
すまん、アキバ系の諸兄。この島左近、たった今、四十路を目の前にして「o(´∀`)o萌え〜」を理解致しました。



「ヤだからな」

何かを察したらしい三成が、一手先んじるが、そんなこと聞く耳など持つつもりはない。
メイド服を手にしたまま、俺はズイッと一歩踏み出す。そして同じ歩幅だけ下がる三成。赤く染まった耳をそのままに頬を膨らませてる。

「左近。顔がいやらしい」
「男はみんなスケベです」
「着ないぞ」
「着て下さい。きっと可愛いです。俺は可愛い三成さんが見たいです」
「じゃ、普段は可愛くないとでも云いたいのか」
「違います。普段も可愛いです。可愛いんですが、普段と違う可愛さの三成さんが見たいです」
「こすちゅーむぷれい というやつか?」
「どこで覚えたんですか、そんな言葉……」
「吉継が云っていた。『メイド服を持って左近が迫って来たら こすちゅーむぷれいの好きな変態 だと思え』と。他にもナース服とか婦警の制服とかでも同じらしいな」


お、大谷ィィィ――――ッ!!


「今まさにそんな状況だから、左近は『こすちゅーむぷれいが好きな変態』なのだなと思うことにする」
工エエェェ(´д`)ェェエエ工工
「左近………、顔を台詞が妙だぞ」

狙っていたのか? いや、確実に地雷を仕込んでいたな大谷吉継。
いや、確かにコスチュームプレイもありかなと思っていたし、「いつかやれたらいいかも〜」とは思っていたさ。つか、みんな思うだろう、普通。いや、それを普通と思っている時点で、変態なのか? 少なくとも純粋培養の三成はそう刷り込まれている。
ガックリと肩を落としてしょんぼりとする俺を三成は不思議そうに小首を傾げながら見遣る。

「そんなにガッカリすることなのか?」
「恐らく、そんなにガッカリすることです」
「そんなにメイドが好きなら、秋葉原にでも行けばいいだろうッ!」
「それは違いますッ!」

力強く否定する俺。
白い小顔に赤味のかかったサラサラな髪。小作りな顔は、只でさえ整っていて人形のよう。そんな彼がクラシカルなメイド服を纏ってみろ。絶対萌えるだろうッ!!

「三成さんだから見たいんですッ! アキバのメイド喫茶のフリフリなメイドには一切合切興味ありませんッ!! 絶対領域のメイドに『ご主人様』と云われても萌えませんが、三成さんがクラシカルなメイド服を着て、恥ずかしそうに『ご主人様』って云ってくれる方が、何千倍も萌えます。もちろん、怒ったようなツンデレもいけますよッ!!」
「嬉しそうになにを語っているんだッ! この変態ッ!!」

真っ赤な顔で声を張り上げる三成。ついでに、思いっ切り俺を蹴り上げる。絶妙な一撃が俺の鳩尾にヒットすると、俺は「ぐえっ!」という珍妙な声を上げて床に撃沈してしまった。
まったく大事なところにでも当たったらどうするんですかぁッ!?



「そんなに見たいのか?」

痛みに突っ伏して呻いていると、弱ったような小さな声が上から降ってくる。顔を上げると、三成が例のメイド服を手に眉根を寄せている。
俺は何か云おうと口を開きかけるが、それよりも先に三成が溜息混じりに肩を竦める。

「仕方ない……左近がそんなに見たいのなら……着てやっても……いい」


     え?


「左近が変態でも……別に構わない……。こ、こんなことで、喜んでくれるなら……メイド服くらい着てやる」

ボソボソと口中で呟くような聞き取りにくい声に恥ずかしげに真っ赤に染まった顔。
だが、キッと厳しくつり上がった琥珀の瞳は、何かを決意するようにメイド服を睨み付けている。

「着てくるッ! お前は飯でも食いながら待っていろ、いいなッ!!」

そう云うなり、瞠目して狼狽する俺を置いて、三成はサッサと自室の扉の向こうに消えてしまった。

ポツンと一人、リビングに取り残された俺は、嬉しいのか「変態」認定をされたことに消沈するのか、微妙な心持ち。しかし、俺の希望を叶えようと、耳まで真っ赤に染めて頑張ってくれる三成のいじらしさが愛おしい。
次第に緩んでくる相好をどうすることもできず、俺はクツクツと笑う。
今頃、三成は扉の向こうで、顰めっ面でメイド服と睨み合っているに違いない。恐らく、着替えてリビングに戻ってくるまで相当時間がかかるだろう。
俺は笑いでひくつく喉をそのままに、テーブルに並べられた皿にタッパの中身を盛り付けにかかる。
取って置きの甘い白ワインはまた今度。今日はいつものビールで我慢をするか。

「お願いですから、ビールを一缶空ける前には出て来て下さいよ」

俺はわざと聞こえるように三成の部屋に向かって声をかけると、冷蔵庫の扉に手をかけた。





「吉継兄さん……」
「あー、お疲れさん」

慣れへん重労働に疲弊し切った俺を迎えたのは、いつもの変わらぬ吉継兄さんの横柄な声やった。チラリとも、こちらを見ることもせんと、面倒くさそうな声だけが俺の鼓膜を震わせた。

「お疲れさんやないわッ! あんた、どんなけ俺を扱き使うきや!!」
「制服の直しの件だがな。やはり、ウエストの位置に問題があるな。三成並みの器量・スタイルならOKなんだが、一般サイズではもう一寸、位置を下げた方がいいだろう」
「って、あんた。俺の話聞いてます?」

恨み言のひとつ云うてもあっさりスルー。
それどころか、俺の悲痛な恨みを意に介することもなく、自分の用件を口にする。肩を落として項垂れてみても、俺の意志を相手が汲み取る気がなければ無意味なサインでしかない。

「阿保。お前の話より俺の話を聞け」
「…………うぅ、このジャイアニストめ」
「泣いている暇があるなら制服の直し、よろしくな。あ、これ資料ね」

俺の意志などどこ吹く風とばかりに、疲れ切った俺に早速仕事を押し付けてきはる。うぅ、なんつうクライアントや。
資料として手渡されたのは、数十枚の写真やった。最新のプリンタでプリントアウトされた高画質写真に写っているんは、これまた見知った顔と見知った黒いシンプルなメイド服。

「これ……三成のメイド写真!? なに、このレアものッ!!」
「まだまだあるぞ。制服の直しの資料だと云ってあらゆる角度から撮りまくったから……」
「だからって、あんた……。こないなグラビアポーズまで……」
「いいだろう。可愛いんだし」

鼻歌交じりに自分の写真の出来映えに見入る吉継兄さん。あんた、ある意味それ犯罪の一歩手前とちゃうの?
俺は、渡された写真を一枚一枚捲りながら、写真を元に頭の中で採寸と型紙の訂正を始める。うぅ、まじめやなぁ、俺……

「あー、はいはい。俺様最強になに云うても無駄やな。ところで、その肝心の制服は?」
「あぁ、三成にあげた」

吉継兄さん。今何云うたん? あんた、実物の制服なきゃ、直しもへったくれもないやンッ!!

「はぁ? 兄さん、あんた、なに勝手にッ!! 制服の直しなんて、実物なきゃできへんやろうが!! それとも、また最初から作れと!!?」
「何云っている。当たり前だろう。いいから作れ」

……………あかん。俺、このお人に勝てる気がせえへん。
なんでかなぁ、目の前の三成メイド写真がぼやけてよう見えへんわ。

「って、よく大人しゅう三成がメイド服なんか受け取ったねぇ」
「だから、三成に持たせた荷物にこっそりいれて置いた。多分、島左近の目にも留まっているだろう」

またまた飛んでも発言。
マジックのネタやないんやから、そう次々と問題起こさんといてくださいよッ!

「…………あんた、左近さんの目に留まったら、三成に着せないわけないやろう。三成にメイド服。どう考えてもカモネギやン。しかも、あのメイド服は俺の渾身のデザインやでッ! なに敵に塩を送ってるねン」
「だからお前は阿保だと云うんだ。俺がなんの策もなしに、そんなのいれるわけないだろう」
「へ?」

ニヤリと不敵で不遜な目笑。
このブラック吉継を知っているのは幸か不幸か俺と左近さんだけ。清正あたりは感づいているようだが、触らぬ神に祟りなしを巧いこと実行している。
オーマイガットッ! 神様、これは何かの試練なのですかッ!! 一応、敬虔なクリスチャンは祈らずにはおれまへん。

「島左近がメイド服を着ろと云っても、三成がそう簡単にメイド服に袖を通すと思うか?」

自信ありげに口許を歪める吉継兄さん。さ、策ってそれですか? というか、希望? それとも妄想ですか?
だが、俺の推測が正しければ…………

「以外と着ちゃうんとちゃう? おっさんのお願い、三成、聞いちゃうと思うよ。俺……。なんせ、三成。左近さんにメロメロ………げふぅッ!!」
「貴様は余計なことをベラベラと……」
「そ、そんな無体なぁ」

素直に思ったことを述べただけなのに、理不尽な暴力が俺を襲ってくる。あぁ、俺、阿保やな……。こないなこと、簡単に想像できる筈やのにね。確実に被害を被るとわかっていても、俺の舌は正直者。いつの世も、正直者は報われへんのやろか?

「まぁ、いい。そうなった場合の策もちゃんと考えてある。大丈夫、今晩、俺は枕を高くして眠れる。安心しろ」
「いったいその無駄な自信がどっから来るのか知りたいわ……」
「ならば、語って聞かせてやろう。ほれ、飯だ。これを食いながらたっぷり俺の策に感心しろ」
「えぇッ! なに、この豪勢な飯はッ!!」

吉継兄さんが、テーブルの上のフードカバーを手際よく取り去ると、その下から綺麗に盛り付けられた料理が現れた。ちゃんとデザートのチョコレートケーキまでついてはる。
久々に見た豪華な料理に俺は思わず歓呼の声を上げた。

「三成のおこぼれだ。有り難く頂戴するんだな」
「吉継兄さん……。これ俺のために? 三成のおこぼれ云々は、ひょっとして恥ずかしいからか? あ、兄さんはツンデレやのうてツンツン?」
「どうすれば、そう自分に都合良く解釈できるんだ、このボケが……。もう食わさんぞ。お前は飢えて死ね」
「すんまへんッ! 俺、ものごっついおなか減っているんですぅ!! お願いやから食わしてぇ〜ッ!!」

思ったことを考えもせず調子よく紡ぐ舌に、吉継兄さんはゲンコツと共に非情な笑みを俺の向ける。慌てて、平身低頭をする俺。うぅ、吉継兄さんに、「土下座が似合う」と云われた台詞が身に染みいるわぁ。

せやけどね……
三成のおこぼれっていうてもね。なんで、三成の嫌いなセロリのサラダが俺の分にはあるんかな。(ちなみに俺はセロリ大好き)
まぁ、そないなこと云うたら、またゲンコツが飛んでくるから云わんとこうかね。





「ほら……どうだ」

漸く開いた天の岩戸。
中から出てきたのは、美しき太陽の女神ならぬ、クラシカルなメイド服を纏った我が恋人。
予想通り、よく似合う。
しかも、キリッと切れ上がった気の強そうな琥珀の瞳と恥ずかしげに桜色に染まった頬のアンバランスさがこれまた、男心をときめかせる。

「………………」
「さこん?」

一瞬、言葉を失って茫然と三成の艶姿に見惚れていた俺に、当人は困惑気味に声をかける。「やはり、似合っていないのか?」と目線でえ訴えられて俺は柔らかく微笑み返す。

「とても、可愛いですよ。こんな可愛らしいお姿、大谷さんに見せたんですね。勿体ない」

そう云いながら、ドレスのデザインに強調された細いウエストに手を回して俺は三成をリビングのソファへと導く。
ちょこんといつもの場所に腰を下ろした三成が、思案げに小首を傾げる。

「ひょっとして、お前…………」

確信めいた瞳が細められて、隣に腰をかけた俺を見上げる。

「吉継に焼き餅を焼いているのか?」

人の感情の機微に鈍い恋人も、漸く少しは感づいてくれましたか。俺は肩をひょいと上げて、それを肯定する。

「まぁね……。三成さんは俺が焼き餅なんて、大人げないと思いますか?」
「…………左近が焼き餅」

二三度、大きく瞬きをすると不意に薄紅色の唇が悪戯っぽく綻ぶ。

「悪い気はしない」

大輪の花が咲くような艶やかな笑み。微かに薫る艶に俺も笑みが深くなる。

「おや? 可愛いだけじゃないんですね、三成さんは……。こいつはとんだ小悪魔だ」

俺はそっと三成の細い頤の手を添える。察して細められる潤んだ琥珀の瞳。当初の予定とは大幅に変更されてしまったが、漸く聖夜の甘い時間を過ごせそうだ。
だが――――

「さこん……」
「みつな…………」
「どうした?」
「すみません……なんだか、急に眠気が……」

吐息が重なろうとしたその瞬間。急に目の前がクラクラし、思考がぼやけてくる。
回らぬ頭で、この急激な眠気の理由を必死に考えてみる。


     って、あの野郎。やっぱ、一服盛りやがったなッ!!


なんたる不覚ッ!
こんなにおいしいシーンを目の前にして、敢えなく腹黒策士の策に嵌ろうとはッ!!

「さ、さこん?」

当惑する三成の声を聞きながら、俺は急速に眠りの淵へと落ちていった。





「ね……寝ている?」

なんなんだ、こいつは………
急に「眠い」と云いだしたと思ったら、人の膝を枕にグースかと眠りこけおってッ!
しかもご丁寧に、眠りに落ちる瞬間、膝の辺りを寝やすいように手で均してからおもむろに頭を俺に無断で乗っけてきた。
お前のどでかい頭を膝に乗せるのは重いのだぞ! わかっているのか、バカ左近ッ!!

「…………そんなに仕事で疲れたのか?」

ここ最近、何日か残業が続いてはいるが、それだっていつものことじゃないか。

「非道いぞ、左近。期待だけさせておいて勝手に寝るなんてッ! おいッ!! コラ、起きろッ!!!」

あんな風に迫られたら、誰だってその先の展開を期待するだろう?
俺だってこんな恥ずかしい格好。左近がお願いするからと思って、一大決心で着てやったのに。それにだな……左近がどうしてもって云うのなら、「こすちゅーむぷれい」とやらだって……やってやらんでも…ないのに……

本気で腹が立ってきた俺は、ペチペチと左近の額やら頬やらを叩いてみるが、まったく起きる気配はない。腹に据えかねて、鼻を摘んでやったら、「ふがッ!」とかいう気の抜けるような声を上げるだけだった。

「全然起きない……」

この調子じゃ、「ちょっと一眠り」どころじゃないぞ。本当に朝まで眠り込みそうな勢いだ。まさか、俺も朝まで膝枕をするわけにもいかない。そんなことしたら足が痺れるどころじゃないだろう。
どうしようかと本当に困り果てていたら、バカ左近が何かムニャムニャと寝言を云っているようだ。

「以外に間抜けな面だな。この変態」

だらしなく開いた半開きの口が、なにを云っているのかを聞き取ろうとして面を近付けると――――

「…………」
「ッ!!!?」

顔が熱くなる。鏡を見るまでもなく、自分の両頬が茹でたタコみたいになっているのがわかる。このまま放っておいたら、脳までグラグラと茹で上がるのではと、俺は火照った頬を冷たい自分の両手で冷やしてみる。だが、いつもは冷たいはずの自分の手でさえ、今はほんのりと熱を持っている。


     ………まったく、寝言で人の名前を呟くなッ! なんて云う不意打ちだ、左近の阿呆。


でもそれって、俺の名前を寝言で云うくらい……俺のことを好きだということか?
なら、仕方がない。きっと仕事で疲れているんだ。だから、こんな間抜け面で寝てしまったのも許してやろう。だけど、次は絶対に許さないからな!

俺は深く息を吸い込み盛大に吐き出す。気分が楽になる。
あぁ、この格好でこういう場合、「こすちゅーむぷれい」とやらでは、なんて云うんだっけ? そんなことを考えてしまうなんて、俺の頭も相当湧いているな。まぁ、いい。今は誰も聞いていない。
だから俺は、いつも左近が俺にしてくれるように、左近の長い綺麗な黒髪を梳きながら、小さな声で云ってやった。

「…………おやすみなさい。ご主人様」





2007/02/20